「香里の雨やミネラルウォーターの水質を調べる」
8月30日(水)、同志社大学理工学部にて、「香里生のための1日実験セミナー」を企画していただいた。ご担当は環境システム学科の横尾頼子先生で、本校受講者は高校生3名であった。
香里の清心館(保健室)屋上に,雨水をためるボトルが常時設置されているという。そして1ヶ月に1回,たまった天水を取りに来られるという横尾先生。まさか,自分たちの普段過ごしているキャンパスに,そんなものが仕掛けられており,それも同志社大学の研究室所属のものであるとは,誰も知らなかったのではないだろうか。横尾先生から「私の研究室,テーマはみなそれぞれですが,〈無機イオンの起源〉に興味をもっているという共通項があります。今日みなさんにやってもらうのは,香里に降った雨12か月分を調べてもらうこと。2つの指標,〈pH〉と〈電気伝導度〉を測定してもらいます」とのこと。〈電気伝導度〉とは,高校物理で学習する〈電気抵抗〉のいわば逆数であり,水中に含まれるイオン濃度が高いほど〈伝導度〉も高くなる。つまり,〈伝導度〉を調べることで,その水がどれぐらい不純物を溶かしこんでいるかを感覚的につかむことができるのだ。
まずは,本日お世話になる機器(pHメーター)の校正作業から。これは,いわば機器に「pH4」と「pH7」という2つの基準を覚えこませる作業である。この作業を行うことで,機器使用の練習も兼ねる。機器の中で最も重要で繊細なのが「電極」であり,仮にもこの電極が汚れたままで,目的とする測定時に,前の試料成分がまざってしまうことがあると,測定値が信頼できなくなってしまう。よって,その都度電極を「超純水」と呼ばれる純度の高い水で洗う必要が出てくる。操作には慎重さが求められる。TAさんがほとんどマンツーマンのつきっきりで,操作技術の習得をさせてくださった。
結果を見ながら,「何かのまちがいではないのか」「自分の使用法がまちがっているのでは」と不思議そうな顔をしている生徒がいる。精製された「純水」であるにも関わらず,pH値が5台だったからだ。「純水」なのだから,「7のはずだ」と皆が思いこんでいたのだろう。ところが,「純水」といえども精製直後ではなく,しばらく実験室内に放置されたものであるから,「室内のCO2が溶け込んでH+イオンが生じ,その影響で少し酸性にかたむいて5.5ぐらいで正常です」と横尾先生。これは「雨」となって降ってくるだけですでに「酸性雨」ということか。それならすべての「雨」が酸性雨となってしまう。「そうではありません。それ以外の要因で水中に溶存成分が増え,4.6を下回った場合を〈酸性雨〉と定義しているのです」とのこと。つまり,今日やる実験実習は,自然界の「水」を対象とする以上,「pH5.5」をバックグラウンドとして考える必要がある。「もしも6や7台であれば,むしろアルカリに傾いているということになります」 この感覚を,先生は皆に早期に身につけてほしかったのだろう。
「校正」作業ののち,いよいよ本実験,香里の天水を「pH」と「電気伝導度」の測定によって分析する。生徒たちは,もうすでに「校正」作業でかなり手馴れたのか,今度はTAさんの手を少しずつ離れて,自分でしっかりと手順をこなしていく。
機器による測定値が安定してくるのに少し時間を要することもあるため,せっかちであっては,この作業とはつきあえない。機械の様子を見ながら,少し時間のかかりがちな生徒が1人いた。「なんで私のだけ」と一言の文句を言うこともなく,我慢強く粘っていたのが感心。その間,皆が集めたデータをグラフ化しようと,TAの学生さんが必死でパソコンと格闘してくださった。
パソコン上にできあがったグラフを指さしながら,「午後からの講座の内容に深く関係してくるんだけど」と言いつつ,先生のコメントが熱を帯びてくる。「雨水の酸性度にどうして季節性が出てくるか,ということですよね。その大きな要因の1つとして,中国大陸からの黄砂があげられます。黄砂の粉じんには,岩石起源のアルカリ金属成分が含まれていますから,冬期には中和が進んでpHが上がる傾向にあるんです」 「水を調べること」1つで,これだけいろいろなストーリーを描くことができるのは大きな魅力だ。それをぜひとも後進に伝えたいという,研究室のみなさんの熱い思いを感じつつ,作業が一段落したので,昼休憩となった。
午後からは,おもに京阪神地区をフィールドとして,採取降水からどんな情報を導き出す研究が行われているのか,1時間弱のまとまった講義を展開された。サンプルの中には,香里キャンパスのものも含まれている。直観的に考えるなら,京都の内陸と香里のある大阪寝屋川では,香里のほうがより下流にあるので,人間活動の影響をにおわせるイオンがより多く含まれていそうだ。ところが,実際の測定結果はそうでもなく,有意なちがいはほとんど認められない。4か所のサンプルのうち,他と著しい違いを示したのは,兵庫県西宮のものであった。西宮は海が近いため,海水起源の成分が多いのは言うまでもないが,「六甲山による地形の影響や,高速道路・工場の影響を受けているのではないか」と先生は言われる。そして,本日の実験実習では取り上げることができない,「同位体比」を用いた研究手法なども紹介された。いっぺんにいろいろな知識が出てきたので,生徒たちには整理するのが大変だったかもしれないが,総合的な視点と問題意識が必要であることを思い知らされる。
ここまではすべて,降水(天水)のみに対象をしぼった話である。しかし,TAさんの中には河川水を研究している方もいる。ここからは,「もともとは天水であるが,地層というフィルターを通ってできた水」の代表格として,「ミネラルウォーター」を調べてみようということになった。pH,電気伝導度は,天水とどのくらいちがうのだろうか。また,地域差はどれぐらい出るのだろうか。またもや,午前中に習得させてもらった実験技術を活躍させるときが来た。
ミネラルウォーターの測定を1時間ほどかけて終えたのち,再び講義を通して,岩石というフィルターを通った天水が,岩石にどう影響されるのか,また研究手法について,一般論を教えていただいた。本校生徒にとっては中1以来となる岩石標本を手にとりつつ,「ミネラルウォーターを飲み比べしてみる」というサービス付きであった。また,本日触れることのできなかった実験設備の見学などを兼ね,研究室内を案内していただいた。先輩方が過去の卒業論文や修士論文で発表した内容が英字のポスターに編集されており,圧倒される。香里の先輩である浅井さんも,国際的な学会の場で発表する機会を与えられたという。「みなさんも4年後には,研究成果をこれぐらいのものにまとめるということを,できるまでになるでしょう。うちの研究室は,化学と地球科学,足して〈地球化学〉という分野だということができますね。環境系では,今の時代では高校で学習する機会が少ないと思うけれど,地学をしっかり勉強するように心がけてもらっています。興味をもった人にぜひ来てもらいたいですね」
研究室内で,TAさんを含む先輩方の「研究」に励む横顔をリアルタイムで見せていただきながら,すべてのプログラムが終了した。
◆生徒の感想(アンケートより)
・実験をしたことで,普段飲んでいる水に興味がわきました。進路を決めるのに,とても参考になりました。少人数だったので,詳しくすることができてとてもよかったです。ありがとうございました。
・最初は実験が難しそうだと思ったが,わかりやすく説明してもらったので,楽しかった。また,先輩方から進路についてもいろんなことが聞けたので,今後の進路選びの参考にもなってよかったです。
・やさしい内容でしたので,楽しむことができました。授業体験も我々と同じレベルの難しさでしたので,とても理解しやすく,体験を生かすことができそうです。学生の皆さまにもつきっきりでアドバイスや雑談もしてくださり,大学へのイメージを持ちやすくなりました。とてもありがたかったです。